死後に自らの体を大学の医・歯学部に提供する「献体」を希望する高齢者が増加
専門団体によると、献体希望者の全国累計は10年前から6万人以上増えた約26万人
(昨年3月時点)で、高齢者の増加が数を押し上げたとみられている。
①解剖に対する抵抗感の薄れや死生観の変化、②終活ブームといった時代の流れが要因とされるが、
③「火葬費用などを大学が負担してくれる」とする希望者も目立つといい、経済的に厳しい状況にある高齢者の現実も浮かび上がる。
「家族に迷惑を掛けたくない」
近畿大医学部(大阪府大阪狭山市)の献体受け付け窓口には数年前からこんな申し出が増えたという。毎年百人程度が新規登録し、登録者は今年4月時点で累計約2200人に上る。
献体運動を推進する公益財団法人「日本篤志献体協会」(東京)によると、統計を取り始めた昭和45年度の登録者は約1万人。
★当時は全国の医・歯学部の解剖で必要な数を満たすことはできず、引き取り手のない身元不明者の遺体を活用するなどしていたという。
だが、その後は時代とともに数は増加。同協会によると、平成元年度に10万人を突破し、
26年度に26万人を超えた。
要因は、昭和58年に献体に関する法整備がなされ、認知度が高まった。
さらに、臓器移植の普及で解剖への抵抗感が薄れた▽阪神大震災や東日本大震災を経験し、
自分の最期を自らの意思で決めようという人が増えたーなどが考えられるという。
統計はないものの高齢者の増加が目立つ
葬儀費用などへの不安を理由に挙げる人が少なくないという。献体登録をすれば、死後、遺体の搬送費用や火葬費用は大学側が負担する。
遺骨を引き受ける先がない場合は、共同墓地などへの納骨も行うからだ。
奈良県立医科大(同県橿原市)では昨年度、過去10年で最多の約90人が新規登録。
火葬後の遺骨を高野山に納骨することも可能で、「そういった最期を希望される方も少なくない」(同大担当者)という。
日本篤志献体協会理事で杏林大の松村讓兒教授は、過去に海外で献体をめぐり、遺体が売買されたケースを念頭に、献体は見返りを求めるものではないとして、「福祉の代行になってはならない」と指摘。医学の発展のため献体するという制度の趣旨の理解を求めている。
家族に迷惑かけたくない
献体増加の背景にあるとみられる死生観の変化。多様化する死は、さまざまなシーンに現れている。
葬儀では、近親者だけで執り行う「家族葬」が、核家族化が進む都市部で主流となりつつある。
通夜・告別式を行わず、火葬場で荼(だ)毘(び)に付すだけの「直葬」は費用が安く、故人が生前に強く希望するケースが少なくない。
樹木を墓石の代わりとして埋葬する「樹木葬」も、死後に自然に回帰できるスタイルとして人気を集めている。
葬儀の簡素化ととれるが、神戸医療福祉大学の近藤勉教授(高齢者心理)は「極力意味のない儀礼をやめ、家族への負担や迷惑を軽減することを美徳とする現代人の考えが見て取れる」と指摘。
献体も含め、「生や死の形に執着しない人が増えた」という。
「近年の『虚礼廃止』の傾向や、年金減額などの厳しい経済情勢も重なった」としながらも、
自分の人生を見つめ直し、人生の終末に向けた準備を進める「終活」ブームの影響もあると分析。
「終活は、よりよい最期を願う人にとってごく自然な考え。高齢者が献体を望むのも無理はないのだろう」としている。