報道によると、先日、本部町に住む男性の代々のお墓から石棺2点を盗んだとして、83歳の女性が警察に逮捕されました。
いわゆる墓泥棒のようですが、いまだにこうした墓荒らしがあるのかと、少し驚きました。
そこで今回は、墓荒らしという行為について見てみたいと思います。
神様に導かれたというが・・・
逮捕された女性の職業は霊媒師だそうです。沖縄で霊媒師といえばユタのことを指していると思われますが、確かなことはわかりません。
この女性、他人の墓の中から石棺2点を無断で持ち出したそうです。しかも、中に入っていた遺骨は出して墓の中に放っておき、石棺だけを持ち出したといいますから、やや悪質さを感じます。
その石棺は2点で200万円の価値があるとのことで、カネ目当てのような印象を受けます。ちなみにこの記事を書いている時点で、石棺のうち1点は見つかっていないといいます。
警察によると、女性は「琉球王朝とゆかりのある偉い人の墓で、神に導かれて発掘したのであり、無断でやったわけではない」と話しているそうです。
墓泥棒は最古の職業
神のお告げかどうかはわかりませんが、客観的には墓泥棒という立派な犯罪に見えます。だからこそ逮捕されたのでしょうけど。
いうまでもなく、墓泥棒は何千年という歴史を持つ行為です。エジプトでは、ピラミッドに王様とともに葬られた副葬品を狙った墓泥棒がのさばったのはよく知られています。副葬品だけでなく、不老不死の秘薬とされたミイラそのものも狙われました。「エジプトにおける最古の職業は墓泥棒」という冗談もあるほどです。
墓泥棒には死刑すら適用されたそうです。それでも後を絶たなかったのですから、よほど“おいしい仕事”だったのでしょう。
金目のものがお墓の中にあるとしたら、それを狙うのは人間のサガであり、その意味で墓泥棒は非常に一般的というか、ありふれた犯罪ともいえます。
研究目的で遺骨を持ち出したケースも
金目のものを狙わない場合もあります。研究目的で遺骨を持ち出したケースもありました。
昭和初期といいますから、今から90年以上前のことですが、東京帝国大学で教鞭をとる人類学者が今帰仁村の風葬墓から26体分の遺骨を無断で持ち出したことがありました。琉球人についての研究の一環だったようです。
こうした行為が墓荒らしや墓泥棒といえるのかどうかはわかりませんが、遺族にとってはきわめて不愉快な行為であることはたしかです。
持ち出された遺骨はその後、京都大学が保管していました。そこで関係者が京都大学に対して返還を求めましたが拒否され、訴訟問題にまで発展しています。
ガマ荒らしも似たようなもの
お墓とは異なりますが、2017年には、沖縄戦時に防空壕として利用され、中にいた住民が集団自決を余儀なくされたことで知られる、読谷村の「チビチリガマ」が荒らされたことがありました。
ガマに残されていたビンや急須などが割られ、折り鶴も引きちぎられて散乱していたそうです。別に金目のものがあるわけでなく、研究対象となる遺骨もないのに、なにが目的でこんなことをするのか、理解に苦しんだ記憶があります。
発覚から数日後、少年4人が器物損壊容疑で逮捕されました。悪ふざけだったそうですが、単なるいたずらで済まされるものではありません。
識名霊園でも多発した墓荒らし
2013年ごろには、那覇市の識名霊園で墓荒らしが頻発したことがありました。香炉や花瓶が割られたり、お菓子の箱や飲み物の缶が散乱していたり、なにかを燃やした跡もあったそうです。
こうした被害は識名霊園だけで30基以上に上ったそうで、墓所有者の怒りを買い、警察も悪質なケースについては立件も視野に入れているとのことでした。
風葬の地で遺体を撮影した人も
また、今から50年以上前の1966年の話ですが、芸術家として知られた岡本太郎がイザイホーの取材で久高島を訪れた際、風葬の地で棺に納まった白骨などを撮影し、写真を週刊誌に載せて大論争を巻き起こしたことがありました。
まるで墓を暴くような行為で、久高島の人々にとっては大変ショックだったでしょう。この出来事以降、久高島では風葬が下火になったともいいます。
もちろん、金目のものを狙ったわけでないことはわかりますが、モラルが問われる行為だったのはたしかです。
まとめ
他人のお墓から無断で石棺を持ち出した女性霊媒師が逮捕されました。こうした行為は昔から行われてきました。
金目のもの狙いだけでなく、研究のために遺骨を持ち出したり、単なる悪ふざけだったり、風葬の地で白骨化した遺体の写真を撮ったりする行為も過去にはありました。
目的にかかわらず、亡くなった人に大変失礼で、遺族には大きな不快感をもたらします。それを防ぐためにも、お墓は神聖な場所だということを社会全体が再認識するべ