2022/10/18 17:00
復刻連載・親おもい?~ひとりで介護
羽田空港で話を聞いた会社員男性(54)の選択は「遠距離介護」だった。
九州出身。故郷では83歳の父が、日常生活に見守りや支援を必要とする要支援2に認定されている。
入浴の世話などは82歳の母がしているものの、食事の準備もままならず、
近くのスーパーで総菜を買って済ませている。老老介護…。
先々どうなるのか不安もある。それでも、仕事と家庭がある東京にとどまる。
「自分を犠牲にして親元に戻るという選択肢はないです。
同居のために帰ると経済的に大変になる。妻との家庭のことも含め、積み重ねてきたキャリアを無駄にしたくありませんし」
かといって、両親を呼び寄せることも難しい。東京と故郷とでは生活習慣が違いすぎるし、人間関係も大きく変わってしまう。
3歳上の姉と4歳下の弟がいる。2人とも高校を卒業して以来、東京や大阪で働いている。
2人とも親と同居する気はない。親の面倒をみるのが長男としての「務め」だと覚悟を決め、方法を模索してきた。
「ベストな選択かどうかは分かりません。
でも、地域包括支援センターなどの公的機関をうまく活用するのが、現実的でベターだと思っています」
初めから遠距離介護でいくと割り切れたわけではない。
仕事を辞めて故郷に帰ろうかと考えたことも、一度や二度ではない。
30代までは地元の企業の求人情報を見ることもあった。
「後ろ髪を引かれながら」働いていたが、
現実に目を向けると軽々に行動することはできなかった。
3年ほど前、離れて暮らす親のケアを考えるNPO法人が主催する集いに参加してみた。
それが転機となった。たくさんの同じ境遇の人に出会った。
そして、それまで故郷に帰るか、呼び寄せるかの二者択一だったのが、遠距離介護という新たな選択肢を得た。
気持ちが楽になった。
遠距離介護に方向を定めてからは、意識的に親の日ごろの行動や人間関係の把握に努めている。
帰省するたびに「何か変わったことがあったら教えてください」と近所を回っている。
「失敗もありましたよ。あいさつに訪ねた先が、実は親と仲が悪かったり。難しいんです。長く地元を離れているから、親の人間関係を知らなくて。少しずつ、です」
遠距離介護といっても、毎月決まって実家に帰るわけではない。
今のところ、1年に盆と正月の2回程度。自分に代わって親に目配りをしてくれる「人」の存在があるからだ。
地域包括支援センターを通じて出会ったケアマネジャーがいるから、安心して遠方で働いていられる。
帰省時には面会して今後の相談をし、普段からメールのやりとりを欠かさない。
一方で、老いた両親との意思疎通が難しいと感じることが増えてきた。
最期にどこでどのように過ごしたいのか、経済状況、加入している保険の種類、大切な書類の保管場所…。
「聞きたいことはたくさんあっても、家や財産を狙っていると警戒されてしまって。
家族だからこそ話し合えない関係ができてしまうのかもしれません」
だから、もし新聞に載るなら書いてほしい、と言って言葉を区切った。
「まだ元気なうちに、親の方から将来どうするか話し合うべきだと思います。
子どもの方からは言い出しにくいですから」
そう言い残すと、かばんを抱え、搭乗ゲートに向かう大勢の人たちの流れに逆行し、東京の街へと戻っていった。
◆この記事は2011年5月13日付で、文中の年齢、肩書、名称などの情報は全て掲載当時のものです。
西日本新聞2023年 5月9日 (火)の記事より転載しました。
https://www.nishinippon.co.jp/item/n/688917/